2007年01月07日
【 メガバンクの大儲けに特別立法を 】
現在の税法に従う限り、しばらく巨大銀行の
巨額利益に法人税が課せられない。
特別立法(期限付き)という伝家の宝刀は、
こうした時にこそ抜くべきである。
少なく見積もっても、4000億円ぐらいの
歳入となる。金融系コメンテーターはなぜ
黙っている。
この全額を、働く女性の救済に充てる。
保育園が充実し、新設保育園もたくさんできる。
新たに建てる必要はない。
あらゆる市町村が競って建てたハコモノ。
その内部に保育園施設を作ればすむことだ。
特別立法が官僚の抵抗などで無理だとしたら、
メガバンクは自民党への献金に代えて、使途
を限定した寄付をやればよい。
少なくも保育園の入園待ちなんて現状は、
国家として恥と知るべき。
パパゲーノ
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2007年01月07日
【 やるやると思っていたヤツが 】
安倍内閣の顔ぶれが発表されたとき、大いなる
危惧をいだいた。
松岡利勝農水大臣。
オイオイ! 大丈夫か?
こんな爆弾抱えてやっていけんのかよ。
本気で心配したんだ。
何とかいう、ややこしいとこから、120万円の
パーティ券代。
こんな額、氷山の一角に過ぎんだろう。
これだけで辞任できるなら、松岡にとってもラッキー。
コイツの顔にだぶるシーンが二つある。
有明海のギロチン。
多くの漁民を悲しませ、むつごろうを殺した。
鈴木ムネオ親分の若頭気取り。
怒鳴り声を何度も聞いたように思う。
安倍首相に忠告する。
衆参同時選挙をやれ!
公約は三つ。
年金制度は、現在の支払い条件を守り続けると
保証する。
日銀の追加利上げはさせない。(日銀の独立性
を侵食するが)
道路特定財源の全額を、直ちに一般財源に
組み入れる。
最後の公約に、多くの自民古手が抵抗するだろう。
そいつらを抵抗勢力と決め付けて、抵抗する限りは
党の公認を与えない。これで青木幹夫が消える。
小泉の二番煎じとなるが、敢えて抵抗勢力には
刺客を送る。
若手改革派を中心にした、新生自民党が出来
上がる。
年金保証で、国民の不安が消える。
追加利上げが無いとなり、株価が上昇する。
好景気感が拡がり、家計の貯蓄が消費に向かう。
現在消費税の対象となる消費は、僅かの150兆円
で、家計資産2000兆円の7%強でしかない。
国民は将来の不安感が消えれば300兆円は
消費する。消費税だけで15兆円の歳入となる。
これは、消費税率を5%から10%に上げるのに
等しい。
消費税増税の話題が消える。
銀行預金で利の付かない貯蓄の多くが株式市場に
向かう。日経平均は2万円台に定着する。
株式売買が増えて税収も増える。
海外ブランド品などのぜいたく品には容赦なく物品税
を課す。20%から25%。フランス・イタリーが
取っているのと同じぐらいは取っても構わない。
日本政府は歳入不足に悩むことはなくなる。
第二次安倍内閣は、官邸パワーを上げて、財務省
から予算作成の権限を完全に奪い取る。
官公庁の無駄遣いが大幅に減るだろう。
パパゲーノ
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2007年01月06日
【 亥年に何が起きた 】
前回の亥の年は平成7年(1995)で、神戸市
に住むボクは、大揺れの中で破壊音を聞きながら
地震とは思わず、ノドン攻撃でマンションが崩壊
しつつあると錯覚しながら死を覚悟した大震災が
起きた年。
オウムによる地下鉄サリン事件も起きた。
その前は昭和58年(1983)、まだ東西冷戦
が続いていて、大韓航空機がサハリンで領空侵犯
と見做され撃墜された。
レーガン大統領が来日し、中曽根首相とロン・ヤス
の蜜月時代。一方田中角栄に実刑判決がおりた年。
ボクの会社が設立4年目で家賃6万円から百万強
のビルに移転した年でもあります。
更に前の昭和46年(1971)にはニクソンが
突如声明を出し、金とドルとの兌換制を破棄、
それまでの1ドル=360円固定相場が崩れ、
輸出入業界は大混乱。ボクはハンブルグでドル
集めに狂奔していた。東京市場だけが一週間
開いていた。
年末帰国し、最年少の課長となる。
昭和34年(1959)ともなれば、年表に頼ら
ないといけなくなる。伊勢湾台風で近鉄電車の線路
が寸断された。暫くたって四日市の倉庫に輸入原毛
の被害状況をチェックに行き、ヒルメシに案内され
た料理屋で、天井に近いところまで浸水の跡がある
のを見せられショックを受けた。
この年皇太子(現天皇)御成婚。相撲は栃若時代。
パパゲーノ
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2007年01月05日
【 歴史好き (38) 】
さて、徳川家康が野望虚しく、息子秀忠と共に
消滅した後を考える必要がある。
毛利一族と、上杉・佐竹連合の、新東西決戦と
なるんだろうか。
北陸には前田が居るし、九州には黒田如水が
虎視眈々と天下を狙う。
宇喜多は健在だし、信州の真田も自信をつけて
いるし、秀頼の周りには、改めて豊臣恩顧の
諸大名、福島、両加藤、浅野、などが結集する。
放っておけば、再び戦国時代、信長以前の状態
の再現となる。
そうはならないと見る
朝鮮の役は、朝鮮民族には気の毒だったが、あの
戦役を通じて、諸大名の間に「日本」という意識
が高まった。諸大名が「結束」する必要性を知った。
これが大きい。
秀吉の天下統一の下での、茶会や花見を通じて
仲もよくなった。今更殺し合いなんかしたくない。
まだ自己中のヤツは、皆で力を合わせて葬り去れば
よい。さしずめ伊達政宗あたりが、その対象になる
だろう。
「日本」を意識し、「結集」の必要を感じた諸侯
は現在のEUのような日本連合を目指すんじゃ
ないか。
象徴としての秀頼の存在には異存はなかろう。
ただし淀はダメ。所詮は秀吉の妾の一人としての
認識を求め、あくまでも秀頼の母上は北政所。
淀の我が侭が直らんときは成敗するしかない。
北から上杉、佐竹、蒲生、真田、前田、丹羽、細川、
福島、浅野、宇喜多、毛利、小早川、黒田、加藤、
長曽我部、立花、加藤、島津といったEUならぬJU
が出来上がる。
徳川とその家来たち、意を通じた伊達、最上、堀、
山内、藤堂、蜂須賀、中村、脇坂、池田などの
所領はすべて没収しJU諸侯に分かち与える。
平和な良い時代が、そのまま近代化していく。
明治維新も必要ないし、日清・日露の戦いも
起きない。当然満州事変も、日中戦争も無い。
ヨーロッパ諸国のアジア植民地かも、JUのパワー
の前で実行不能となるだろう。
代わりにアセアンがもっと早くに発足する。良いこと
づくめである。これがパパゲーノの初夢である。
パパゲーノ
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2007年01月05日
【 日本人はもっと自信を持とう 】
少子高齢化が進む一方で、社会保険の保障も
怪しくなり、負担のみが増える。
経済学の権威とも思えんマスコミ・キャスター
やコメンテーターの一つ覚え的な悲観論が
まかり通り、森永卓郎が本を書いて一人儲ける。
ヤツ等のいうことに疑問を持とう。
日本はそんなヤワな国じゃない。
国債発行残が700兆円の大台に乗った。
だからその金利だけでも・・・・
で、借金時計などがTV画面に映し出され、
見る間に何百万円単位で借金総額が増えていく。
あんな物ばかり見せられた日にゃ、そりゃ悲観的
にもなるわさ。
日本国じゃなく、日本人は家計財産(個人資産)
を2000兆円も持っている。
金融資産(現・預金、国債・社債、投信、株など)
の総額が1400兆円。負債(ローンなど)が
400兆円あるから、これを差し引いても、まだ
1000兆円ある。
非金融資産(土地・家屋が中心)が1000兆円。
両者あわせて2000兆円も持っているのだ。
日本人は将来に備える民族で、せっせと貯め込む。
使わずに子孫に残そうとする。
何のために生まれてきた。人生は楽しむためにある。
もっと自分の楽しみの為に、カネを使おう。
経済学の始祖、アダム・スミスは「消費は美徳」と
唱えた。
「欲しがりません勝つまでは」で育ったボク等は
アダム・スミスの言葉に驚愕した。
日本人が、もう少しカネに関する気分を変えて、
貯め込んでいる半分も消費にまわせば、国民総生産
GDPを物凄く押し上げる。消費税も今の5%のまま
で、国家歳入を大幅に増やす。増税論議なんか不要
となるんだ。
なぜ溜め込むかといえば、将来の保証が揺らいで
いるからと、特にマスコミに面さらし儲ける連中が喚く。
2050年かになれば、おおまかに言って、面倒を
見てもらう老人一人に対し、これを支えるのも一人。
馬鹿なことを言うもんじゃない。
65才以上は全員がヨボヨボで、若者に面倒見て
もらうって発想はどこから出たんだ。
今でも65才以上で、自らの足ですっくと立ち、自活
を通り越して、大勢を養っている元気溌剌とした人々
が大勢居ることを忘れちゃいかん。
2050年といえば、43年も先のこと。
日本人は、ますます若返り、65才でヨボヨボなんて
迷信は消えるはず。
ウソだと思ったら、今の50才と昔の50才とを比べ
て見たら良い。昔(昭和30年代)50才はオジイサン
だった。今の50才は青年だ。
40才近辺は、まだ子供だ。ウッチャンナンチャン、
爆笑問題、クリームシチュー、さまーず、ホンジャマカ、
ネプチューンなどのお笑いの中堅。みんな子供だろう。
少子高齢化の進んだ国は、なにも日本だけじゃない。
ヨーロッパ先進国だけじゃない。中国だって、一人っ子
政策を取ってから久しい。
日本人が、将来の不安を捨てて、自信を持てば、
景気を左右する雰囲気が、一気に変わる。
もっと自信を持って、個人資産を生かして使おう。
パパゲーノ
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2007年01月05日
【 夜霧よ今夜も有難う 】
石原裕次郎とは同世代。その裕ちゃんの映画を
始めてみた。昨夜のBS2です。
学生時代にはカネがなく、サラリーマンになって
からは時間がなくて、日活の一連の映画を見た
ことがなかったのです。
映画の筋とか、内容に関することを語る気はない。
懐かしいのは歌の方で、映画の題名と同じ曲を
長い間十八番にしていました。そんな題名の映画
があるとも知らないで。
この曲を台北、高雄、ソウル、香港、シンガポール
で歌い、ロンドン、デユッセルドルフ、ウイーン、
ブカレスト、ソフイアでも歌い、銀座でも北新地
でも歌った。銀座や北新地ではカラオケじゃなく
ピアノかギターの伴奏だった。
会社を始め、多くの代理店を作り、各社が催す
カラオケ大会で「最優秀歌唱賞」も何度か頂戴
したんです。
本物は流石に上手かった。この曲よりも、映画の
冒頭部分で裕ちゃんが歌った、名前も知らない歌
の方が上手かった。こんなに上手かったかと感心
したぐらい。
会社に入った年の6月ごろ、同じ課の先輩に呼ばれ
キミみたいなのを太陽族というのかと訊かれたこと
がある。カネに縁の無いアルバイト学生のボクには
カレ等みたいな、うらやましい青春は無かったのに。
ヘアスタイルは、ボクの方がオリジナルだと思って
いました。「太陽の季節」が売れる前から、あんな
スタイルの頭だったから。
パパゲーノ
【 パパゲーノの華麗な生活 】
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2007年01月03日
【 おみくじ 】
【 おみくじ 】
ものごころが付いてから、おみくじは引かぬ
ことにしています。遠い幼い日に母が引いた
おみくじが凶と出て、母が悲しんだことを
覚えているからです。
そんなボクが唯一度だけおみくじを引いた。
会社を作って3年目の正月明け、4日から
2泊3日で紀伊勝浦温泉に社員旅行に行った。
総勢8名でした。
新年早々に温泉旅行なんて、そんなバカが居る
とは思わず、がら空きを予想していたのに、意外
や旅館は満杯でした。年末年始にフル稼働の人
たちが、やって来るのです。
最終日の6日に、那智大社まで登り、ふと
おみくじをを引いてみようと思い立ちました。
箱の中に無造作に折りたたんだおみくじが
入っていて、それを掴み取る方式で、箱から
竹の棒を取り出す様式ではなかった。
おみくじが入っている箱の中をにらんでいたら、
一番大吉という四文字が見えたから、それを
掴み取った。開けてみたら本当に一番大吉で
「願い事叶わざるなし」とあった。
生涯初のおみくじが超のつくラッキーなもの
だったから、それ以後も引きません。
そのご利益も、地震以来徐々に薄れてきて、
願ってもいないのに、嫌なことが次々起こる。
賞味期限が切れたんでしょう。なにしろ1982
の年代物だから。
そこで今年は意を決して、新たにおみくじを引く気
になっています。何も一番大吉じゃなくても良い。
凶が出たら、神様のエラーと思い、第2打席、
第3打席と打ち直すことにしています。
パパゲーノ
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ものごころが付いてから、おみくじは引かぬ
ことにしています。遠い幼い日に母が引いた
おみくじが凶と出て、母が悲しんだことを
覚えているからです。
そんなボクが唯一度だけおみくじを引いた。
会社を作って3年目の正月明け、4日から
2泊3日で紀伊勝浦温泉に社員旅行に行った。
総勢8名でした。
新年早々に温泉旅行なんて、そんなバカが居る
とは思わず、がら空きを予想していたのに、意外
や旅館は満杯でした。年末年始にフル稼働の人
たちが、やって来るのです。
最終日の6日に、那智大社まで登り、ふと
おみくじをを引いてみようと思い立ちました。
箱の中に無造作に折りたたんだおみくじが
入っていて、それを掴み取る方式で、箱から
竹の棒を取り出す様式ではなかった。
おみくじが入っている箱の中をにらんでいたら、
一番大吉という四文字が見えたから、それを
掴み取った。開けてみたら本当に一番大吉で
「願い事叶わざるなし」とあった。
生涯初のおみくじが超のつくラッキーなもの
だったから、それ以後も引きません。
そのご利益も、地震以来徐々に薄れてきて、
願ってもいないのに、嫌なことが次々起こる。
賞味期限が切れたんでしょう。なにしろ1982
の年代物だから。
そこで今年は意を決して、新たにおみくじを引く気
になっています。何も一番大吉じゃなくても良い。
凶が出たら、神様のエラーと思い、第2打席、
第3打席と打ち直すことにしています。
パパゲーノ
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2007年01月02日
【 風林火山と風火 】
今年の大河ドラマは井上靖『風林火山』だそうで、
そんなことに成るとは露知らず、生涯初となる
連載小説に『風の如く火の如し』とタイトル
を付けて書き始めたのが昨年8月。
落ち着きがなく、常にウロウロしているから、
静かなることも、動かざることも、どっちも無理。
で、残る風と火で勝負だと。
事実、そういうヤツとの定評を受けながら、22年
の商社マン生活を送ったと、これは自他共に認めて
います。
困ったことは、サラリーマンをやめてからも、
風と火だけが残ったままで、一向に林と山が出て
来ない。
腰部狭窄で「動かざる」身体になったのは皮肉なこと
です。でも、この「動かざる」は、あくまで暫定的
なこと。
元旦から通常通りに働く、タクシーに乗って、これも
通常通りに働くドクター、婦長さん、ナースたちと
医療技師さんたちが待つ、透析クリニックに、今から
向かいます。痛みがあるから少しは「静か」ながら、
今年の初「動き」となります。
パパゲーノ
【 連載小説 「 風の如く火の如し」 】
↓現在、連載中「風の如く火の如し」は、この目次はからご覧になれます。↓
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2006年12月31日
【 27年目を終えるに当たり 】
大晦日だからといって、特に部屋の大掃除を
するわけでもない習慣に身を置いて二十数年
が経ちました。生まれたのは大連だし、成人
後も通算6年ヨーロッパに住んだし、日本の
年末年始の行事なんか関係ないやってわけで
す。
ベッドに転がってモーツアルトの交響曲38
番を聴きつつ、椎名誠の「本の雑誌血風録」
を読んでいたら、突如ブログを書きたくなり
ました。
かねてから「本の雑誌社」と「劇団四季」の
二つを経営面での目標にしています。
両者の共通項は、全員参加の情熱集団であり、
自社商品の流通面で中間業者に頼らないこと。
なかなか取れないはずのチケットが、当日開幕
したら空席チラホラがよくある。チケット屋が
ギリギリまで抑えていて、当日にドタキャン
する。炎のマエストロ小林研一郎が指揮する
ホールにも空席があるし、関西二期会の公演
でも売り切れのはずの空席が目立つ。中間の
チケット取り扱い業者を排除すれば、こんな
ことはなくなる。
本の雑誌は、目黒孝二という人が、自分で書い
た書評をまとめて、自ら都内の書店を訪ね歩き
販路を開拓した。これが東販や日販を頼って
いたら配本はろくに店頭にも出されずに消えた
と思う。
さてパパゲーノが起業に目覚め、独立したのが
1980年1月のこと。暦を見て好日を選び
登記したのは11日だけど、実質的には元旦
から事務所に詰めていた。家賃6万円の大阪
では川向こうと呼ばれる新開地での出発でした。
4年目の5月に、なんと家賃百万円以上の凄い
一等地の新築ビルのテナントとなった。家賃で
言えば毎月それまでの一年半を払うわけ。これ
はエライことになったと思いました。
一時は全国に140余りの代理店・問屋を抱え
たが、所詮中間業者には商品への愛情が無いと
判り、次々と縁をきっていった。当然売り上げ
は落ちたが、返品を伴う仮需出荷は意味が無い。
どんな有名店であろうと直接納入に切り替えた。
これって意外と難事業で、先ず口座というもの
を開かなきゃならない。最初は渋る相手を根気
強く説得し、直納入でなきゃ商品は流れても、
その商品をなぜ輸入するか、どこが国産品と違う
のかといったソフトウエアーが伝わらないと訴え
た。
今困ってること。それは店という店がコンビニ
化して、店員に商品学が為されなくなったこと。
無理も無い。店によっては2万数千種類もの品
を置いている。一々商品の特性を学べったって
そんな神業みたいなこと誰にも出来ない。
この事実に戸惑っている中小・零細企業がどれ
ほど有るんだろう。
で、始めたのがブログ『パパゲーノが選ぶこだ
わりの店』。ただ今趣旨に賛同し参加してくれ
た仲間が、およそ120。単なる「お店紹介」
じゃつまらんから、エッセイ風に仕立てたら、
結構読者が増えて、ブログで見たからと新規の
客も来るようになりました。3月までに500
の仲間を作り、2年以内に5000を結集する。
不思議なパワーがついて、加盟した店という店
の記事がグーグル検索で第1ページに来ます。
しかも多くがトップに来る。
各店でブログを読みに来るよう働きかける。
自分の店の宣伝で終わらず仲間の店の紹介にも
なります。今は京阪神に偏っているが、いずれ
「我が町レポーター」とでも呼ぶべき協力者も
現れてくると信じている。現存する仮想市場と
違って、ブログ記事をどんどん書き足していく
から、常にアップツーデートの情報が発進でき
る道理。やってみて分かったこと、同じ悩みを
持ち、かつこだわりを持つ同志が如何に多いか。
劇団四季の団員たちの、あの熱情を盗みたい。
本の雑誌社のユニークな発展ぶりにあやかりた
い。かの群よう子は、3畳しかない事務所に
たった3万円の給料で雇われた電話番だった。
1977年というから、いくら何でも3万円は
ヒドイ。当時の世間相場の半分以下だ。それに
耐えた群さんは、余りにもの暇つぶしに書くこ
とを創め、今日の大成を見たし、椎名誠とその
仲間たちが、そこを拠点に名を上げて入った。
パパゲーノの会社の決算は12月31日だから
今日で創業第27期が終わるわけです。
会社の寿命は30年で尽きると言う。その通り
だと痛感します。会社は改革しなきゃならない。
改革なくして生存はあり得ない。
パパゲーノ
【 パパゲーノが選ぶ「こだわりのお店」 】
↓お店リストはこちら。↓
http://papageno.de-blog.jp/forever/2006/09/__65c1.html
2006年12月31日
【 ウイーン時代は 】
パパゲーノを名乗り、いっぱし聞きかじりを
語るから、流石は音楽の都ウイーンに居た人
と言われがちだが、その実ウイーン滞在時に
コンセルヘボウやシュタットオパに足を運び
生の音楽に接した機会など十指に余る程度。
それくらいの会社人間だった。今は元旦にやる
ようになったニューイヤーコンサートだが、
当時あれはジルベスター(大晦日)の催しで、
ウイーンフイルのコンサートマスターが、タクト
ならぬバイオリンを奏でつつ指揮をする。
本来のヨハン・シュトラウスの指揮法に従うもの
で、ボクが居たころはボスコフスキーの指揮と
決まったものだった。
せっかくウイーンに住んでいるんだから、一度
ぐらいは行けば良かったし、当時はチケットの
入手もそれほど困難じゃなかった。
ウイーンの冬は半端じゃない。底冷えのする寒さ
から南欧に逃げ出すのがベターな選択と、それで
生の演奏に接したことがない。
伝統のジルベスター・コンサートが、元旦に変る
原因は日本にある。NHKが大金を出して世界中
といっても、特に日本時間に合わせて、今の姿に
なったのです。
ボスコフスキーは追いやられ、先ずカラヤンが登場
し「来年は誰の指揮」との話題が新たに生まれたと
う次第。
昨今マンネリの気配濃厚。シュトラウスの世界から
の逸脱があっても良いのじゃないでしょうか。
パパゲーノ
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2006年12月31日
【 締めくくりのモーツアルト 】
一年続いた『毎日モーツアルト』の番組に
気づいたのが遅かったから、昨夜のグランド・
フィナーレは有難かった。
普段はなにげに聞き流している事柄が確認
できるチャンス。
ケッフェル・ナンバーの終わりが626で
レクイエムがそれに当る。
41の交響曲の中に欠番があり、それが37
だと。このクイズには、専門家5人の誰もが
答えられなかった。ケッフェルがモーツアルト
作品と信じたものが、後でバッハの一族の誰か
の作と判明し、除かれたんだとのこと。
一年を通じて流した曲のサワリを全曲駆け足で
聞かせてくれたが、改めてその作品の多さに
驚愕しました。買わなきゃならんCDが随分
ある。
2時間番組で堪能したはずなのに、更にピアコン
20番を子守唄に聞きながらお寝すみになった。
パパゲーノ
【 パパゲーノの華麗な生活 】
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2006年12月31日
【 大晦日の過ごし方 】
2000年には腹膜炎で、というよりも、
抗生物質の入れすぎで生死の境をさまよって
いたのだが、21世紀に入ってからの4回の
大晦日は、それに続く元旦も加えて、ひたすら
テニスコートに立っていました。
コーチも休みをとるから、専らホテルのスタッフ
を相手にヒッティングをやっていた。
通算6年のヨーロッパ生活で、元々生まれた場所
すら日本本土じゃないボクは、正月の儀式なんか
どうでもよくなって、お飾りもしないし、おせち
だって豪華なものは要らない。年末年始はただ
長い休みがあるだけ。
そんな中で、唯一の例外として、昨年2005年
の大晦日の今頃は、京都の錦市場に居ました。
在京都の高校の同級生K君を引っ張り出して、京都
の大晦日がどんなものかを見物に入ったのです。
錦は込んではいたが、たぶん前日よりは人手が減っ
たのだと思われ、押すな押すなで歩けないほどの
人手ではなかった。この市場の東の端の方にある
「蒸し寿司」屋で、ここ5~6年来の願望を果たす
つもりであったのに、無残や「蒸し寿司屋」は閉ま
っていた。
京極にある「蒸し寿司屋」は店からはみ出した列が
30人を越えていて、寒い中を待つ忍耐力なんか二人
とも持ち合わせちゃいないから、店が意図的に排出
する香りだけを嗅ぎ、それじゃとポント町に行った。
もう少し歩いて、花見小路辺りまで行けばよかったの
だが、つい目についた和食何でも屋に入ってしまい、
さして旨くもないうなぎ料理を食べた。二階の窓から
眺める鴨川がやたら寂しげに見えました。
K君は話題の広い人だから、話は尽きない。
ポント町を更に歩いて角店の喫茶店を見つけたが、
そこの娘らしき若い女の子が、店の外から窓を拭き、
余ったチカラで壁もモップで洗っている。なまじ窓
がピカピカで、中が如何にも暖かそう。
「お店やってる?」と訊ねたら、「ちょっと聞いてき
ます」。
「どうぞ」となって、他には誰も客のいない店に入り、
京都の迎春準備の整った店内の窓際の席に坐って
珈琲を喫んだ。なんだか随分と長い時間を喋り続けた。
K君との会話をレコーダーに録り、そのまま速記者に
渡したら、優に一冊の本が出来るんじゃないか。それ
ぐらいカレは話題が豊富な人なんです。大学から
ず~っと京都住まいで寺社仏閣に強いのは当然な
がら、歴史や文学にもやたら強いから、ハナシに
ついて行くのがもうタイヘン。
それが丁度一年前の大晦日でした。
パパゲーノ
【 パパゲーノの華麗な生活 】
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2006年12月29日
【 元部下たちへのイジメがきつい 】
豊富なエネルギー資源に恵まれ、それを武器に
ロシア帝国の復活を目指すプーチン。
グルジヤ・アゼルバイジャン・ウクライナときて
今度はベラルーシ。
今まで千立米当たり47ドルで年間210億立米
を供給していたのを、いきなり200ドルへと4倍
を越える値上げ要求。
市場価格で購入しない姿勢は無責任と、持つもの
の強みで高圧姿勢。
プーチンから見たら、かつてのソ連邦メンバーが
親米路線を取り、EU加盟までとなっていくのを
傍観は出来んということでしょう。
他人事じゃない。日本だってロシアの隣国なんです。
現にサハリン計画で、先行投資していた三井・三菱
が、株式の過半を強奪され、ロシア国営企業の思う
がままの情況となった。
ロシア兵の略奪がどんなものか、この目で見て記憶
しているだけに怖い怖い。
パパゲーノ
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2006年12月28日
【 働かないサラリーマン (1) 】
大家族主義と終身雇用制、それが日本式経営と
良いことのように喧伝されていた時代。
どこの会社にも窓際に座っていて副か次のつく
肩書きを持つ人々がいました。
ボクが新入社員として配属された毛麻部にも、
部長の他に副部長2名、次長も2名いました。
毛麻部は何て読むのって聞かれたから、ここで
お答えを。 字の通り、羊毛とその製品、毛織物・
毛糸の国内と輸出。 プラス麻類の輸入を担当
する部。
当時「関西五棉」と称された、東棉・日綿・江商・
丸紅・ 伊藤忠の各社には毛麻部がありました。
ケアサブと呼ぶ。
さてボクの部のエライさんたちだけど、二人の
副部長と次長の一人は、それぞれ課長兼務
だから仕事がある。
残る一人の次長は仕事が無いのか、毎日ボクを
観察して文句を付ける。
靴を磨いていない。
ネクタイが汚れている。一本しか無いのか。
髪に油っけがない。分け目がハッキリしない。
メガネが曇ってる。
毎日シャツを替えろ。
おまえなぁ~、他に仕事ないのかよ。
ボクが嫌いなのかと思えば、そうでもないらしく、
5年ほど経ったら、頻繁に見合い話を持ってくる。
それも多くは社内の、ボクが先刻承知の娘たち。
○○課の○○って子、知ってるか。あの子は○○
会社の常務の次女で、あの通りの美人だ。
どうだい?
どういう意味ですか?
いや、キミの結婚相手にいいんじゃないかと。
同じようなことを相手にも言ってるらしく、
顔をあわせるとポッと赤くなる。
ついこの間まで、西宮寮にやってきてはテニス
教えろと言っていた子が、モノを言わなくなった。
そんなことが5~6回ありました。
会社環境がだんだん厳しくなって、窓際オジサンの
席がなくなり、やがて肩叩きという言葉が流行り、
それでも最初のころは子会社が用意されていた。
役職者だけじゃなく、ヒラリーマンも、窓も電話もない
牢屋みたいな一室に押し込められるようになった。
立派な名前の一室。「人事開発室」
30代半ばで、ここに放り込まれ、60才の定年まで
居座ったオトコが居た。
たいていは一年もたたずに諦めて退社する。
20年以上、孤独に耐え抜いて給料もらい続け、
ボーナスも額は少なかったろうが。
もちろん仕事なんか与えられない。
あそこまで行くと尊敬の対象になる。
♪サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだって
気楽なバカ声で唄っていたのが居ったなぁ~。
パパゲーノ
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2006年12月28日
【 滅茶ウマのわさび漬け 】
とにかく、新幹線の中で売っている物とは類が
違う。そんな美味いわさび漬けをパパゲーナ
(ボクの奥さん)が見つけて買ってきました。
製造者は伊豆わさび食品とあり、静岡県賀茂郡
河津町にあるらしい。阪神間で令名高い「いかり」
という高級食品スーパーに、たまたま出張販売に
きていたそうな。
そうだろうな。「いかり」以外のスーパーで、
こんな品が手に入るわけがない。
透析の後は食が進み、ご飯を二杯食べる。普段の
日はきわめて食が細いのに。今日が透析日だった
から、二杯のご飯じゃ物足りなくて、もう一杯
このわさび漬けで食べたいなと思ったぐらい。
この店にも、きっと他店にはない「こだわり」が
あるんだろう。お取り寄せが出来るのか、それが
気がかり。
電話番号をそっとお教えします。
0558-35-7755
パパゲーノ
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2006年12月27日
【 年末に賀状を書くのはヘン 】
長い人生、ず~っと不可思議に思ってきた。
なぜ年末の押し詰まった時に「おめでとう」
なんて書くのだろう。
まだこの年終ってないのに「旧年中は」って。
そして、まだ来てもいない来年をいかにも
もう来たように「あけまして」って。
国民揃ってウソを書いている。
年賀状って、元旦に着かんとダメなんかい。
時間的な余裕もある三が日に、新春の気分を
味わってから書くのがホントじゃないの。
元旦に来ないから、アイツはケシカラン。
年が開けて4日あたりに着いたら、
あっ、ヤツは後出しだって怒りを覚える。
そんなのオカシイ。
と、思いつつ、今日年賀状を完成させました。
パパゲーノ
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2006年12月27日
【 「 こだわりのお店 」大募集! 】
あなたの街にもある、こだわりのお店。
あなただけが知っている、ホッとくつろげるお店。
そんな、あなたのとっておきのお店を、ブログ
【 パパゲーノが選ぶ「こだわりのお店」 】に
仲間入りさせてみたいと思いませんか?
あまり知られていないけれど、
「あのお店の料理は絶品!」
「これぞ隠れた銘店!」
「職人さん手焼きのおせんべいはさすがの味!」
「センスが光る靴やアクセサリー!」・・などなど、
お店のジャンルは問いません。
ガイドブックに書かれているような、単なるお店紹介
ではなく、あなたの目で選んだ「こだわりのお店」、
「ご自慢のお店」、「銘店」などをご紹介ください。
また、「こんな楽しいブログなら、ぜひ私のお店も!」
そんな「こだわりのお店」の仲間入りも、大歓迎です。
パパゲーノ
≪応募方法≫
皆さんが選ぶ
・「こだわりのお店」の紹介文
・写真
・ニックネーム(記事の最後に掲載されます)
・お名前
・郵便番号
・住所
・電話番号
を下記メールアドレスまでお送りください。
審査をした上で改めてご連絡させていただきます。
≪記事の応募・ご質問等お問い合わせはこちら≫
メールアドレス info@hermes-japan.co.jp
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2006年12月27日
【 淡路屋の「あなご三昧」 (神戸) 】
出張に出かけることがなくなり新幹線にも
長い間乗っていない。
神戸駅の駅弁屋といえば「淡路屋」で、
アイデアを駆使した豊富な種類の駅弁で有名。
中でボクのイチオシが「あなご三昧」で、
三昧は「ざんまい」と呼ぶ。
焼き、煮る、蒸すの三種のあなごを使ったもので
細かく刻んだ焼き穴子を混ぜ込んだすし飯を箱に
詰め、三種、三昧の穴子が並べられている。
甘辛さがきつ過ぎず、この弁当が新神戸と神戸駅
以外では、売り場が見当たらないのが残念。
駅弁にあなごを用いるところは多い。
姫路のも著名だし、九州佐世保の駅弁もあなごと
記憶している。
会社を起した頃、佐世保の駅前ホテルに泊まり、
翌朝一番の博多行き列車に乗ることが多かった。
駅弁やがまだ閉まっていて、あなご弁当を買った
覚えがない。
あんな早い列車に乗って、福岡の代理店の朝礼に
参加していたのだ。
パパゲーノ
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2006年12月27日
【 「大黒」のかやく飯 】
故人ではあるが池波正太郎という作家を、
ボクはもちろんお会いしたことは無いのだが
尊敬しています。
江戸を舞台の作品の数々もいいのだが、グルメと
してのエッセイがまた堪らなく素晴らしい。
この人小学校しか出ていない。独学で「新国劇」
の座付き脚本家になり、後に小説家になった。
カレのエッセイを通じて、大阪ミナミに「大黒」
という店があり、そこのかやく飯が、ヒル行って
ヨルまた食べに行き、土産を作ってもらい、それ
を深夜食べる。それほどに美味いことをボクは
20代から知っていた。
実際に食べたのは40代になってから。
こんな美味いものを、どうして二十年も無視して
きたのかと激しく後悔。取りかえさんとばかりに
それからよく通った。
ボクは鶏肉が大の苦手。あの黄色い脂がいけない。
大阪のかやく飯といえば、まず鶏肉入りと決めて
かかって間違いがない。
おそらく「大黒」もと、そう勝手に決め込んで
敬遠していた。
池波さんのエッセイをまた読んでいたら、「大黒」
の作り方まで書いてあった。
どこにも鶏肉の文字が無い。
で、出かけて行った。
引き戸を開けたらいきなり店で、木製の卓が二つ。
みんな相席で、最大限14人ぐらいでいっぱいになる。
台所をちらっと覗いたら、せいぜい4人分ぐらいを
炊くお釜が4個並んで湯気を立てていた。
ごぼう、にんじん、油揚げ、それを細かく切って
昆布とカツオの出し汁で炊く。
どういう工夫があるのか、炊き上がったかやく飯は
ふっくらとしていて、見た目には「こんなに多くは」
と思えるのが、難なく食べてしまえるのだ。
たっぷりと空気を含んでいる、そんな感じがする。
黒門市場まで買出しに行く魚のどれもが新鮮で、
焼いたの煮たの、どれもが美味く、魚臭さなんて
どこにも無い。これは凄いこと。
小鉢モノがズラリと書き出されているが、これまた
当たり外れがない。
お椀がまた絶品で白味噌仕立てもあります。
神戸に来ちゃったから、行きにくくなった。
現在この瞬間、魂は大阪ミナミに飛んでいる。
パパゲーノ
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2006年12月26日
【 こだわりの珈琲・決め手は京都西陣の濾布 】
毎朝の愉しみは自家製の挽きたて、淹れたての
珈琲。
以前はコーヒー豆に凝って、わざわざ横浜から取り
寄せたり、美味いので有名な喫茶店で分けてもらっ
たりしていた。
いまは近所の食品スーパーで売っている「神戸珈琲」
の中から3種類ぐらいをブレンドして、淹れる直前
に挽いて使っている。
京都西陣のシルク産業が衰退の一途。
そこで地元の人々がシルクの特性が生きる商品開発
を行った。そうした中にコーヒー用の濾布がある。
これを使い出してから、あまり豆にこだわる必要が
なくなった。
香りも味も申し分がない。有名カフェのコーヒーも
ホテルが出すコーヒーも飲めたモンじゃない。
不味くて飲めない。よくあれで店が持つと感心する。
濾布だから時々洗う必要がある。
パパゲーナは毎回使用後煮沸しています。
カップだけはヨーロッパの有名窯のもの、殆ど揃って
いる。11年前の阪神大地震でグラス類のコレクション
は、あらかた微塵と化したが、陶磁器は強かった。
殆どの家具が倒壊したのに、20個ほどのビアマグも
全部無事だったし、震災後新たに購入したものもあり
珈琲カップを日々選ぶのも愉しみの一つ。
今朝のカップはローゼンタールでした。
パパゲーノ
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